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週休三日制を世界標準にしたらどうだろう?

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こんな記事が目に入りました。私は常々、それくらいが世界標準化したらいいのに…と思っていた口なので「良いなあ」とついオフラインでつぶやき、周りの人に「何が?」とツッコまれました。

世界標準ってどういうこと?

ちょっと恥ずかしい私の話はさておきます。まあ、我ながら世界標準は言い過ぎですね。もっと休暇に裁量を持っている人も沢山いらっしゃるでしょう。

迂遠でも正確に書くと「今、週休無しから週休一日から二日までを取り決められて仕事をしている人に対し、標準的に三日くらい休むような仕組みだと良いなあ」です。

別に義務化する必要は無い

それでも「自分はもっと働きたいんだ!よけいなことを言うな!!」と目くじらをたてる人もいるでしょう。私は別に祝祭日や制度みたいに決めごとにするというイメージを持っていません。

あくまでそれくらいになっても不自然に感じないような、仕事や学校に人生を縛られるような空気は無くなっていくと良いなあと思うのです。

勿論ある期間にバリバリ仕事に没頭しないと出来ないこともあるでしょう。それなら、健康や効率を下げない範囲でそこは自分の意思でそれを選択して、休みはきっちり取るようコントロール出来ると良いですね。

或いはダブルワーク、トリプルワークを選んで、後で休むとか。とにかく組合せが自由で、生活、人生を楽しめる形にしていけたら素敵です。

何でこんなことを書いたのか?

きっかけは冒頭の記事です。でも、常々そう思い出したのは、私の子どもが高校に入学してから週休一日になったことが根っ子にあります。

確かに一日あたりの授業時間は短いので総合して時間を見ると週休二日制と変わらないそうです。でも、見た目に疲労が溜まっているようで心配になりました。まだ慣れてないということもあるのでしょうけど、親としては気になります。

本当のところ、標準なんて考えるだけ無駄かもしれないけれどね

自分の親は仕事や学校が週休一日で週休二日制を勝ち取ったみたいな話を念仏のように口にしていました。「そんな時代もあったのね」と他人事みたいに聞き流していたのは今は昔の私の子ども時代のことです。

今になって思うに世の中を知らない呑気な捉え方でした。冒頭から週休二日制が世界標準みたいに書いていますが、現実は世界は勿論のこと今この日本でもそんなの夢みたいという人がザラにいます。

そういう状況が今も昔もそうだからと看過してはいけないのではないかと私は思うのです。

急がず怠けずおこたらず

私の大先輩が定年で辞められるときに、諭すように残して下さった言葉です。

今なおその領域に達しておりませんが、減速する、ブレーキを踏む、エンジンブレーキでも良いからアクセルをべた踏みしない。そういう感覚は実践しないと身につきません。この本が即座に実現できるかは別として考え方を知っておくという意味で大事だと思います。